これは、
弁護士倫理の問題です。遺言執行者は、相続人全員の代理人です。弁護士は、利害が相反する者の代理人にはなれません。
遺言執行者は、受遺者とも、遺留分減殺請求権者とも対立する立場です。
遺言執行者である弁護士は、受遺者の代理人にもなれないし、遺留分減殺請求権者の代理人にもなれないと考えます。受遺者の代理人弁護士、あるいは、遺留分減殺請求権者の代理人弁護士が、遺言執行者になった場合は、懲戒処分を受けます。
なお、受遺者は遺言執行者になれます。
下記判決を参考にしてください。
東京高等裁判所平成15年4月24日判決
二 争点(2)について
(1) 遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の権利義務を有し(民法1012条)、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分
その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(同1013条)。すなわち、遺言執行者がある場合には、相続財産の管理処分権は遺言執行者にゆだねられ、
遺言執行者は善良なる管理者の注意をもって、その事務を処理しなければならない。したがって、遺言執行者の上記のような地位・権限からすれば、遺言執行者は、特定
の相続人ないし受遺者の立場に偏することなく、中立的立場でその任務を遂行することが期待されているのであり、遺言執行者が弁護士である場合に、当該相続財産を巡
る相続人間の紛争について、特定の相続人の代理人となって訴訟活動をするようなことは、その任務の遂行の中立公正を疑わせるものであるから、厳に慎まなければなら
ない。弁護士倫理26条2号は、弁護士が職務を行い得ない事件として、「受任している事件と利害相反する事件」を掲げているが、
弁護士である遺言執行者が、当該相
続財産を巡る相続人間の紛争につき特定の相続人の代理人となることは、中立的立場であるべき遺言執行者の任務と相反するものであるから、受任している事件(遺言執
行事務)と利害相反する事件を受任したものとして、上記規定に違反するといわなければならない。
(2) 上記認定説示のとおり、原告は本件遺言の遺言執行者に就職したが、前記第二の二の認定事実によれば、原告は、遺言執行者として相続財産の目録を調整し、
これを相続人に交付すべき義務があり、現に相続人丙川及び丁原の代理人である戊田弁護士から交付要求を受け、その職務を終了していないにもかかわらず、上記相続人
らが乙山(本件遺言により遺産の全部を相続するものとされた相続人)を相手方として申し立てた遺留分減殺請求の調停事件につき、乙山から委任を受けてその代理人と
なったものである。
したがって、上記説示に照らせば、原告の上記受任行為は、弁護士倫理26条2号に違反するものというべきである。
原告は、遺言執行者は相続人の代理人でなく、相続人から事件を受任したものではないから、遺言執行事件は弁護士倫理26条2号にいう「受任している事件」に当た
らない旨主張する。なるほど、原告が主張するように、民法1015条が遺言執行者を相続人の代理人とみなすと規定する趣旨は、遺言の執行行為の効果が相続人に帰属
することを説明するための法的擬制にすぎないということもでき、講学上のいわゆる相続人代理説については、遺言執行者が相続人に対して遺産の返還を求めたり、相続
人廃除の申立てをすることができることなどにつき十分な説明ができないとの指摘がされているところである(これに対して相続人代理説からは、法定代理のように、代
理人は必ずしも本人の利益・意思のみに従うのでなく、善良なる管理者としての推定的ないし合理的意思に従うべきであるなどの反論がある。)。
しかしながら、遺言執
行者の法的地位の説明につきいずれの説に立つにせよ、前記のとおり、遺言執行者は、善良なる管理者の注意をもってその事務を処理すべき義務があり、特定の相続人な
いし受遺者の立場に偏することなく、中立的立場でその任務を遂行することが期待されているというべきことは明らかであって、遺言執行者の処理すべき事務が弁護士倫
理26条2号にいう「受任している事件」に当たらないとする主張は、到底採用することができない(委任者が誰であるかなどという議論に実益があるとは思われない。)
。
また、原告は、遺言執行者が相続財産の目録を調整・交付すべき義務は民法1011条の定めるところであって、相続人から受任した事件ではなく、遺産の全部を一人
の相続人に相続させる本件遺言においては、遺言執行者と相続人との間に利害相反は生じないなどとも主張するが、その失当であることは上記説示に照らして明らかであ
る。
三 以上のとおりであって、原告は本件遺言の遺言執行者に就職しながら、本件調停事件を受任したものであり、その行為は弁護士倫理26条2号に違反し、弁護士法
56条1項にいう弁護士としての品位を失うべき非行に当たるから、被告が原告を懲戒すべきものとしたのは相当であり、本件処分は適法である。
そして、前記認定のと
おり(第二の二(11))、原告は戊田弁護士の指摘を受けた後、直ちに本件調停事件の代理人を辞任していることを考慮すれば、被告が懲戒を戒告にとどめたことも相
当であって、本件処分に裁量権を逸脱ないし濫用した違法も認められない。
したがって、原告の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する(判例時報1932号80頁)
。