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2022.11.17mf
遺留分権利者の価額弁償請求権について遅延損害金が発生する時期
弁護士河原崎弘
2019年6月30日まで:遺贈についての減殺請求
(金銭の遺贈の場合)
受遺者などが、金銭の遺贈を受け、遺留分減殺の請求を受けた例では、減殺請求を受け、金銭の支払い請求(不当利得返還請求)を受けた翌日が、遅延損害金の起算日です。(不動産などの遺贈の場合)
ところが、受遺者が不動産など現物の遺贈を受けている場合は、別です。
遺留分減殺請求権は形成権ですから、遺留分減殺の意思表示により、対象が不動産なら、遺留分不足額の割合の不動産所有権(通常は、持分)が遺留分
権利者に帰属(権利の発生)します。
遺留分の請求を受けた受遺者など
は、価額弁償の意思表示をして、現物が遺留分権利者に帰属すること(正確には、遺留分権利者の権利が確定すること)を防ぐことができます。
この場合、価額弁償請求権について、いつから遅延損害金が発生するのでしょうか。
判例によると、受遺者が、価額弁償の意思表示(民法1041条)をすると、遺留分権利者は、現物返還請求権および価額弁償請求権の2つの権利を取得し、いづれかを行使できます。ただし、この
段階では、権利は確定していないようです。
遺留分権利者が、価額弁償を請求する意思表示をすると、遺留分権利者の価額弁償請求権は確定しますので、その翌日から遅延損害金が発生します。換言すれば、受遺者などが、価額弁償の意思表示をし、遺留分権利者が
価額弁償額を請求しない限り、遅延損害金は発生しないのです。
なお、受遺者からも、弁償すべき額の確定を求める訴を提起できます。
価額弁償の意思表示と価額弁償請求の関係
当事者 | 受遺者など | | 遺留分権利者 | |
意思表示 | 価額弁償の意思表示 | | 価額弁償を請求する意思表示 | この請求日の翌日が遅延損害金の起算日 |
取得する権利 | 現物返還請求権 | → | 失う | |
価額弁償請求権 | → | 価額弁償請求権 | |
状態 | 上記権利を取得、いずれかを 行使できる。 確定的でない | | 確定的 | |
2019年7月1日から:遺留分についての遅延損害金
受遺者などの請求により、裁判所は、相当の期限を付与することができる(民法1047条5項)。受遺者の請求が、反訴であるか、抗弁であるかは、明確ではないですが、裁判所から期限の付与を受ければ、その日までは、遅延損害金は発生しません。
判決
- 最高裁判所平成21年12月18日判決(判例タイムズ1317号124頁)
イ 遺留分減殺請求を受けた受遺者等が民法1041条所定の価額を弁償し,又はその履行の提供をして目的物の返還義務を免れたいと考えたとしても,弁償すべき額
につき関係当事者間に争いがあるときには,遺留分算定の基礎となる遺産の範囲,遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額を確定するためには,裁判等の手続にお
いて厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であり,弁償すべき額についての裁判所の判断なくしては,受遺者等が自ら上記価額を弁償し,又はその履行の提供をし
て遺留分減殺に基づく目的物の返還義務を免れることが事実上不可能となりかねないことは容易に想定されるところである。弁償すべき額が裁判所の判断により確定され
ることは,上記のような受遺者等の法律上の地位に現に生じている不安定な状況を除去するために有効,適切であり,受遺者等において遺留分減殺に係る目的物を返還す
ることと選択的に価額弁償をすることを認めた民法1041条の規定の趣旨にも沿うものである。
そして,受遺者等が弁償すべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明して,上記の額の確定を求める訴えを提起した場合には,
受遺者等がおよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,通常は上記判決確定後速やかに価額弁償がされることが期待できるし,他方,遺留分権利
者においては,速やかに目的物の現物返還請求権又は価額弁償請求権を自ら行使することにより,上記訴えに係る訴訟の口頭弁論終結の時と現実に価額の弁償がされる時
との間に隔たりが生じるのを防ぐことができるのであるから,価額弁償における価額算定の基準時は現実に弁償がされる時であること(最高裁昭和50年(オ)第920
号同51年8月30日第二小法廷判決・民集30巻7号768頁参照)を考慮しても,上記訴えに係る訴訟において,この時に最も接着した時点である事実審の口頭弁論
終結の時を基準として,その額を確定する利益が否定されるものではない。
ウ 以上によれば,遺留分権利者から遺留分減殺請求を受けた受遺者等が,民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をしたが,遺留分権利者から目的物の現
物返還請求も価額弁償請求もされていない場合において,弁償すべき額につき当事者間に争いがあり,受遺者等が判決によってこれが確定されたときは速やかに支払う意
思がある旨を表明して,弁償すべき額の確定を求める訴えを提起したときは,受遺者等においておよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り,上記
訴えには確認の利益があるというべきである。
- 最高裁判所平成20年1月24日判決(判例タイムズ1264号120頁)
(1)受遺者が遺留分権利者から遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求を受け,遺贈の目的の価額について履行の提供をした場合には,当該受遺者は目的物の返還
義務を免れ,他方,当該遺留分権利者は,受遺者に対し,弁償すべき価額に相当する金銭の支払を求める権利を取得すると解される(前掲最高裁昭和54年7月10日第
三小法廷判決,前掲最高裁平成9年2月25日第三小法廷判決参照)。また,上記受遺者が遺贈の目的の価額について履行の提供をしていない場合であっても,遺留分権
利者に対して遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をしたときには,遺留分権利者は,受遺者に対し,遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することも
できるし,それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解される(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日第二小法廷判決・民集30巻7号7
68頁,前掲最高裁平成9年2月25日第三小法廷判決参照)。
そして,上記遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合
には,当該遺留分権利者は,遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い,これに代わる価額弁償請求権を確定的
に取得すると解するのが相当である。したがって,受遺者は,遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした時点で,遺留分権利
者に対し,適正な遺贈の目的の価額を弁償すべき義務を負うというべきであり,同価額が最終的には裁判所によって事実審口頭弁論終結時を基準として定められることに
なっても(前掲最高裁昭和51年8月30日第二小法廷判決参照),同義務の発生時点が事実審口頭弁論終結時となるものではない。
そうすると,民法1041条1項に
基づく価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は,上記のとおり遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日
ということになる。
(2)これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,遺留分権利者である上告人らは,被上告人らがそれぞれ価額弁償をする旨の意思表示をした後である平成
16年7月16日の第1審口頭弁論期日において,訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めることとしたのであり,この訴えの変更により,被
上告人らに対し,価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,弁償金の支払を請求したものというべきである。
そうすると,上告人らは,被上告人らに対し,上記価額弁償
請求権について,訴えの変更をした日の翌日である同月17日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求することができる。
- 最高裁判所昭和54年7月10日
判決
遺留分権利者が民法1031条の規定に基づき遺贈の減殺を請求した場合において、受遺者が減殺を受けるべき限度において遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償し
て返還の義務を免れうることは、同法1041条により明らかであるところ、本件のように特定物の遺贈につき履行がされた場合において右規定により受遺者が返還の義
務を免れる効果を生ずるためには、受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず、単に価額の弁
償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りないもの、と解するのが相当である。けだし、右のような場合に単に弁償の意思表示をしたのみで受遺者をして返還の義務を
免れさせるものとすることは、同条1項の規定の体裁に必ずしも合うものではないばかりでなく、遺留分権利者に対し右価額を確実に手中に収める道を保障しないまま減
殺の請求の対象とされた目的の受遺者への帰属の効果を確定する結果となり、遺留分権利者と受遺者との間の権利の調整上公平を失し、ひいては遺留分の制度を設けた法
意にそわないこととなるものというべきであるからである。
これを本件についてみるのに、原審の確定したところによれば、被上告人は、遺贈者亡Aの長女で唯一の相続人であり、遺留分権利者として右Aがその所有の財産であ
る本件建物を目的としてした遺贈につき減殺の請求をしたところ、本件建物の受遺者としてこれにつき所有権移転登記を経由している上告人は、本件建物についての価額
を弁償する旨の意思表示をしただけであり、右価額の弁償を現実に履行し又は価額弁償のため弁済の提供をしたことについては主張立証をしていない、というのであるか
ら、被上告人は本件建物につき2分の1の持分権を有しているものであり、上告人は遺留分減殺により被上告人に対し本件建物につき2分の1の持分権移転登記手続をす
べき義務を免れることができないといわなければならない。
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2014/11/14